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自己紹介 |
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自己紹介(プロフイール)
1)氏名 相良 五郎(さがら ごろう)・・通称「ヒゲ親父」
2)生年月日 昭和24年7月15日
3)本籍 佐賀県神崎郡東背振村1895番地(現吉野ヶ里町)
4)現住所 福岡県嘉穂郡桂川町大字吉隈1143番地
5)出生地 福岡県穂波町(現飯塚市)
履歴
6)昭和45年 ろうあ「児」施設勤務(北九州市小倉)
知的障害「児」施設勤務
知的障害「者」施設勤務
7)昭和61年 軽度障害者の無認可通所開設 開所
昭和62年 重度障害者の無認可通所開設 開所
「その後無認可福祉ホーム開所」
8)平成3年 社会福祉法人設立
精神障害者援護寮 開設
8年 精神障害者 入所授産施設 開設
9年 社会福祉法人設立
知的障害者 入所更正施設 開設
9)平成11年 自宅を開放し無認可の「福祉ホーム」 開所
その後無認可の福祉作業所を開所
ヒゲ親父は9人兄弟の末っ子です。5才の時母の背中にオンブされ
いました。5才上の兄が、近所のガキ大将グループに虐められている
のを見ました。母の背中から降りたヒゲ親父は、近所の納屋から「丸太
切の大ノコ」を持ち出しました。小学生高学年グループ4〜5人に向
かって、大ノコで切りかぶりました。ヒゲ親父の「障害問題」はこの
時にスタートしました。その問題は家庭を悩ませる事になり、その行動
は見境も無く広がりを見せていきました。小学校に入ると間もなく。
福岡で生まれたヒゲ親父は、家族から長崎に「島流し」をされました。
これ幸いと言うだけでなく、家族と離れて暮らす寂しさも手伝い「障害
問題」は確実にエスカレートしていきました。
近年の集団暴行事件と言うレベルではなく、「一人必殺」切るか切ら
れるか、一対一、一対数人で、常に一人で切りかかっていきました。
中学生3年の9月には逃亡し大阪に行きました。現在の大阪南港から
船に乗って密航渡米を企てましたが、疲れただけで失敗に終わりま
した。
中学2年でタバコを覚え、タバコ代を稼ぎに炭鉱の「坑木運び」に精
を出し、年齢的に絶対禁止されていた炭鉱にも「モグリ」で入りました。
そんな「ヒゲ親父」ですが良い人の恵まれて来たと感謝しています。
障害を持つ子供達の施設に勤務しながらも、精神障害者の社会復帰、在
宅支援の活動を15年間行いました。
無認可福祉施設や社会福祉法人の福祉施設を設立し、その間も含め施設
外でも1300人程の「不登校・家庭内暴力・引きこもり・うつ病・不
安・虐待された母子」等の処遇相談を続け現在に至っています。
平成11年には、設立した社会福祉法人の理事長、関係する社会福祉法
人の役員等を全て退任する。
退任と同時に自宅を開放し、一般福祉では処遇困難な障害者の「福
祉ホーム」を無認可福祉施設として開設。
同時に疲れた「心」の相談窓口として活動しています。
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あじさいホームのメンバー |
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ホームの正月 |
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